給料や賃料の継続的給付債権の差押えと遅延損害金の回収

 判決等の債務名義を得て相手方の給料や賃料などの継続的給付債権を差し押える場合、差押えによって遅延損害金をどこまで(いつの分まで)回収できるかという問題があります。

 裁判実務では、継続的給付債権の債権差押命令を申し立てるにあたり、理論的には発令日までの遅延損害金を執行債権額に含めることができるものの、実際には、債権者は申立日までの損害金額を計算して、その限度で請求債権を特定するのが通常です。
 判決の場合、遅延損害金については、支払い済みまで主文で認容されていることが多いでしょうから、債権差押命令の申立日以降の遅延損害金をどのように回収したらよいのかと悩むところです。

 差押えの効力の及ぶ範囲は、差押えの効力発生時の差押目的債権の全額と従たる権利(担保権、差押え発効後に支払期が到来する利息債権等)にとどまるのが原則ですが、給料や賃料などの継続的給付に係る債権が差し押さえられた場合に、差押えの効力をそのように限定すると、債権者に執行申立てを繰返しの負担が生じさせ、債務者が差押えの対象となる債権を処分してしまうことにより、その後の執行が困難になる等の問題が生じさせることがあり得るので、民事執行法151条は、上記の特則として、差押えの効力を、請求債権(執行債権や費用を指し、遅延損害金も含まれます。)の額を限度として、差押え後に受けるべき給付にも及ぶものとしています。

 したがって、この場合には、差押えの範囲を画する請求債権に遅延損害金がどこまで含まれるかが問題となります。

福岡高裁宮崎支決平成8年4月19日判例時報1609号117頁・判例タイムズ950号233頁は、「給料その他の継続的給付に係る金銭債権に対する強制執行について、履行期未到来の遅延損害金について強制執行の開始を認めると、第三債務者は、支払いの都度、その日までに発生した附帯請求に係る遅延損害金について、自己の負担において計算しなければならなくなり、特に、給料債権の場合、その期間が長期化することもあり得るので、それによる危険と煩雑さは、雇用主が推進する事務の合理化・簡素化に少なからざる影響を与えるものである。」、「この点については、第三債務者の負担の軽減を図るために、債権者が第三債務者に対して遅延損害金を計算して請求すれば足りるとする反論もあるが、そのような方法がとられたとしても、第三債務者は債権者の計算が正当であるか否かを検算しなければならないから、結局、負担の軽減を図ることになるものではなく、その反論は理由がない。」として、遅延損害金が債権差押命令の発令日までの部分に限られるとする理由を述べています(反対の結論をとった裁判例として、広島高裁岡山支決昭和63年1月14日判例時報1264号66頁・金融法務事情1201号29頁がります。)。

 債権差押命令発令後の遅延損害金の回収については、福岡高決平成9年6月26日判例時報1609号118頁・判例タイムズ950号233頁が、「ただ、このように解しても、後に、債権者が、先の差押命令発令日後に履行期の到来する附帯請求債権について、別途、これを請求債権(執行債権)として強制執行を申し立てることを妨げるものではなく、この場合、先の執行により受領済みの配当金は、法定充当の方法により、元本に優先して後の差押命令発令日までの附帯請求債権に充当されることとなるため、前にされた充当計算を改める必要が生じることになるが、その計算は、第一次的には、債権者が後の強制執行の申立てに際して行なうべきものである。このように解すれば、債権者にとって実体上の権利の完全な実現が可能となる一方、第三債務者としても複雑な計算関係から解放されることになり、公平にも合致することとなる。」として、執行債権者が回収済みの配当金の充当関係を計算し直したうえで、再度債権差押命令を申し立てることは妨げられないとしています。

 なお、上記の福岡高決平成9年6月26日判例時報1609号118頁・判例タイムズ950号233頁は、「民事執行法30条1項によると、請求が確定期限の到来に係る場合においては、強制執行は、その期限の到来後に限り開始することができることとされている。もっとも、不動産執行や、継続的給付に係らない金銭債権の執行については、基本的には、一回の配当によりこれが完了するところから、基本となる請求債権について履行期が到来している以上、これに附帯する遅延損害金債権等については、右強制執行開始時においてその履行期が到来していなくとも、配当時に履行期が到来するものについてこれを執行債権に含めるのが合理的である」として、1回の配当により完了する不動産執行などの場合には、配当時までの遅延損害金を執行債権の含めることができるとしています。
 債権差押命令についていえば、差押えの対象が1個の債権の全部または金額が確定した一部である場合には、執行債権者の取立権限は執行債権額にかかわらず差押えの対象全体に及び、第三債務者の弁済は差押えの範囲でなす限り、執行債務者との関係で有効であり、第三債務者が遅延損害金計算の誤りの危険を負うことはないため、差押命令の発令日以後の損害金を執行債権に含めても問題がないのに対し、差押えの対象が1個の債権でも執行債権額の範囲で差し押えられる場合には、第三債務者が支払うべき金額を明確にする必要があるので、執行債権に含められる遅延損害金は債権差押命令発令日までの部分に限定されることが必要となります。


公益通報制度研修

 昨日は、杉並区で公益監察員(公益通報の窓口となり、公益通報について調査等を行います。)を務めさせていただいている関係で、同区の職員等を対象に行われた公益通報制度研修において、講演をさせていただく機会がありました。
 公務員倫理とコンプライアンスというテーマで最近の民間企業の不祥事の事例も取りあげながら話しをさせていただきましたが、約50名の方に熱心に話しをきいていただき、時間をかけて準備を致しましたが、その甲斐があったと感じることができました。
 最近の不祥事の事例では、偽装や改ざんなどの不正が行われたとする事例が目立ちます。東洋ゴム工業の防振ゴム性能偽装、横浜市のマンションの杭の堀削データ・セメント量のデータ改ざん、海外ではVW社に排ガス量を試験時だけ減らすソフトウェアが使われていた問題などです。いずれも未だ実態解明が十分なされていない問題ですが、組織的な問題であれ、個人的な問題であれ、動機としては、何か目先の小さなものを守ろうとして、より大きな重要な事柄に思いが十分に及ばず、安易な考えから講じた弥縫策(びぼうさく)として行われた行為なのかも知れません。
 しかし、守ろうとしたものに比べて、結果として受ける社会的批判や損失は余りにも重大であり、そのあたりの想像力の欠如がこのような不祥事を招いているのではないかと思われます。技術や情報の流通など、企業や団体、個人などをとりまく環境はめまぐるしく発展していますが、それらを扱う人に余裕が無くなってきていることはないでしょうか。ゆっくり立ち止まって、想像力を働かせ、自分の頭で何が大切なことなのかを考えることを忘れないことが大切だと思います。


東京五輪大会エンブレム問題

    ここ最近、2020年東京オリンピックのエンブレムの問題が世間を賑わしています。9月1日に大会組織委員会が佐野氏のエンブレムの使用を取りやめることを発表したことで大会のスポンサーとなっている企業等は対応に追われ、今後、損害賠償問題にも発展しそうな勢いです。
     大会組織委員会がエンブレムの使用取りやめを決めるまでの同委員会の対応について、私が感じていたことは、法的な権利の侵害の有無という視点に重点を置きすぎた対応ではなかったのかという点です。ベルギーで訴訟が提起され、盗作ではないかとの議論が盛り上がった状況ですから、権利侵害の有無の点に説明の重点が移るのは致し方ないことであると思います。
     しかしながら、東京オリンピックで使われるエンブレムということを考えたときには、法的な侵害の有無という枠を超えたより広い視点からのエンブレムに対する積極的支持、少なくとも寛容が必要であると思います。
     大会組織委員会は、結局、模倣は否定しながらも、使い続けることに国民の理解は得られないとして取りやめを決定しましたが、同様な判断をより早い時期にすることは不可能ではなかったと思われてなりません。
     事実経過として、不可解なのは、8月28日に盗作疑惑を払拭するためにエンブレムの原案が公開された際に、公表された空港の写真等を活用した展開例についてです。展開例を自ら作成し、その作成経緯を知っている佐野氏自らが、なぜ権利者の了解を得ずに使った写真を活用した展開例を公表したのかということです。佐野氏は、後日、写真を個人サイトから流用したことを認め、公開前に権利者に了解を得るのを怠ったとの釈明をしておられますが、疑惑を払拭するために新たに疑惑を種を提供しているものであり、「語るに落ちる」の類の行為であると思います。そのような結果になることを知りながらそうすることは通常では考えられないので、流用について、指摘されるまで重大な問題意識を持ち得なかったのではないかとさえ想像してしまいます。
     サントリーのトートバックのデザインの問題もそうですが、普段から危機管理ができていない故に招いた今回の結末なのかも知れません。


菅野綜合法律事務所、弁護士菅野光明が内部統制、リスクマネージメントなどについて論じているサイトです。